4つの視点を持つ実務者。
銀行員5年 / リフォーム業10年 / 仲介・管理・売買9年 / 地場大手で収益売買仲介3年
法人は創業から11期連続黒字継続中。
すべての立場を自分の手で経験してきました。
「収益物件の売買仲介実務ラボ」運営者のトヨシマです。
CAREER HISTORY
未経験で不動産の買取再販・売買仲介・管理業も開始。
法人自体は存続させ、1人社長の完全大家業にシフトチェンジ。
収益物件・事業用地の売買仲介を専門的に行いながら、
銀行からの出向者や売買担当社員への実務指導、士業との提携促進、企業や地主への資産運用コンサルティングも担当。
現在法人12期目。創業から一度も赤字を出さず継続黒字経営。
MY STORY
私は1984年、サラリーマンの父親とパート勤務の母親の次男として生まれ、ごく普通の家庭で育ちました。
小さい頃から要領が悪く、成績も全く良くありませんでした。人がすぐにできることでも、私は時間をかけないとできないし、応用力が全くない。一つ上のしっかり者の兄と比べられることも多く、自己肯定感は低かったように思います。
そんな小学生時代を過ごしたので、
ということは理解していました。多分努力できる才能はあったんだと思います。
だから中学時代はコツコツと勉強を続け、なんとか地元の進学校に入学することができたのです。
しかし、当時の私は高校入学が人生のゴールとなっており「高校に入ったら勉強はもうしない!遊ぶ!」と決めていました。中学時代の不良仲間とつるみ、学校は遅刻や早退の繰り返し。進学校だったため周囲はガリ勉に見え、斜に構えて調子に乗る私は、すぐに先輩から呼び出されてボコボコにされました。
だけど殴られながらも「おぉ、ガリ勉ばかりじゃなくこんな人たちもいるんだ!」となぜか嬉しくなり、先輩たちとも仲良くなり、学校にも馴染めるようになっていきました。もちろん引き続き遊び散らかしていたので、成績は最底辺でしたが。
それでも高校3年生になると、大学に行ってみたいと考え始めました。しかし担任から「お前が受かる大学はない。」と言われる始末。大学進学を諦めていると、見かねた担任の先生から
と、ありがたいアドバイスをいただきます。素直に忠実に実行することで、本当にギリギリでしたが、なんとか福岡大学に入学できました。多分10回受けたら8回は落ちていたと思います。
あれこれやらずに、戦略を練ってやることを絞るって大事ですね。直前に解いた過去問との類似問題がたくさん出るなどの運にも助けられたんですけどね。
しかし、苦労して大学に入学した反動か、入学後は毎日ナンパ三昧。昼夜逆転の生活リズムで、自分が普通に就職するイメージが湧かなくなります。それでも漠然と「将来は起業したい!」意識だけは高い系大学生。私立理系の大学で、奨学金400万円を借りての学生生活なのに、一体何をやっているのでしょうか…。
就職活動が始まっても自分は何がしたいのか、どんな業界に行けば起業ができるのか全く思い浮かばず、ピーターパン症候群を発動して、就職せずに大学院へ逃避進学。
一応、大学院のゼミは「起業家を育成する」というコンセプトでしたので、ビジネスについて深く考える時間にはなりました。しかし、この間にブログ、アフィリエイト、物販など、色々やってみたもののどれも続かず、結果が出ずに苦しみます。
今思えば少しでも早く社会人になり、社会の荒波にもまれた方がよっぽどビジネススキルがついたような気がします(笑)。無駄に大学院用の奨学金を200万円上乗せした感は否めません。(20歳で600万円の借金wオワタ\(^o^)/)
そうこうしていると、また就職活動の時期が訪れるのです。
そんな私でしたが、幸運なことがありました。私には一つ上にしっかり者の兄がいます。兄は優秀で、大学卒業後は地元の大手地銀で働いていました。そして兄と会うたびに、銀行業務の話を聞かされていたのです。
繰り返し聞いていると、なんだか銀行が非常に魅力的なところに思えてきました。銀行員は様々な会社の決算書を見ることができる。企業の社長から自社のビジネスモデルを直接教えてもらうこともできる。当然、お金の流れにも詳しくなる。
将来起業するビジネスモデルが決まっていなかった私は「儲かっているビジネスがわかるし、めちゃくちゃ勉強になるやん!とりあえず銀行に行きたい!」と考えるに至ったのです。
優しい兄は自分が就職活動時に考えた、対銀行用のエントリーシートの内容や、志望動機、面接時に答えると銀行員が喜ぶワードなどのテンプレートのすべてを、かわいい弟にプレゼントしてくれました✨
また、当時は売り手市場だったこともあり、私はニコニコ元気よくテンプレート通りの受け答えをしているだけで、スルッと銀行に入行できてしまったのです。(翌年からサブプライム、リーマンショックで大不況になり、買い手市場に…。危なかった。)
お兄ちゃんありがとう!(笑)
時流とタイミング、そして成功の型(テンプレート)の重要性に気付いた瞬間でもありました。
しかし、運良く銀行に入行できるも、風呂・トイレ・洗面すべて共用の築40年以上経つボロボロの寮に押し込まれ、安岡力也にそっくりな寮母がやっつけ仕事で作った冷えた晩御飯を胃に流し込む毎日。
寮の門限は23時。23時の門限を過ぎると、ヒステリックで干からびたエノキのような顔の寮監に説教されて、翌日支店長にチクられます。24時を超えるとお風呂に入れず、洗面所に給湯はないため、夜に飲みに行って帰りが遅くなると、その日はお風呂に入れません。冬の寒い朝でも、冷たい水でしか顔を洗えません。
当初思い描いていた銀行員生活からはほど遠い毎日。「俺って本当に東証一部上場企業に入社したのか?」と自問自答する日々を送っていました。封建的で古臭い銀行の体質にも、かなり嫌気がさしていました。
それでも、銀行員として吸収できることは全部吸収してやる!という気持ちで丸5年間過ごし、同時にどんな分野で起業するかを常に考えていました。
しかし、事業プランなど全く思い浮かばず、FCや様々な事業を調べてみてはノウハウコレクターになるだけで、実行まではできていませんでした。日々の仕事に忙殺されて、具体的な行動スケジュールに落とし込むことなく「いつかは起業するぞ…。」と言っているだけで、絵に描いたような「意識だけ高いが行動が伴っていないイタイ奴」の典型でしたね。ああ恥ずかしい💦
事業プランはグダグダではあったものの、日々の銀行業務は真面目にこなし、預金窓口と貸付窓口を経験後、渉外担当として営業を行っていました。
そして日々融資業務を行う中で、多くの収益物件オーナーから金融円滑化法案による条件変更の相談や借入相談を受けました。追加融資の謝絶、返済金の延滞、中には破産を選択せざるを得ない状況に陥った方などの実態も目の当たりにしました。
そんな中である点に着目します。
「空室に起因する収益力の低下によりキャッシュフローが回っていないオーナーがいる。そしてそれは築古物件を保有する地主に多い。」
空室を満室にするためのノウハウなどを調査する中で、「空室対策を切り口にリノベーション工事を受注する企業」を発見します。
そして同時期の2012年3月、国土交通省発表の「中古住宅・リフォームトータルプラン」の中で、年間約6兆円のリフォーム市場規模を、政府主導で「2020年までに20兆円まで成長させる」という情報が発表になりました。(ちなみに2026年現在、市場規模は約7兆円ですw 全然伸びていないやないかw)
空室で悩んでいる不動産オーナーに対して、融資案件組成の知識と経験、そしてリノベーションを切り口とした空室対策のコンサルティングで、収益物件オーナー、入居者、銀行への貢献が可能であり、市場も拡大すると判断し、この分野で起業する!と決意します。
そして、2013年5月末日をもって銀行を退職し、賃貸物件のリノベーションフランチャイザーの営業マンへと転職し、ここで1年9ヶ月修行したのです。
ちなみに余談ですが、私は裸一貫で起業するときよりも、銀行を辞めて中小零細企業に転職するときの方が、正直言って怖かったです(笑)。
なぜなら、銀行から中小零細企業へは転職できても、中小零細企業から銀行へは転職できません。「銀行を辞めてしまうと、俺はもう2度と銀行員に戻ることはできない…。」そう考えると、銀行員としての地位を捨てることへの恐怖がふつふつと湧いてくるのでした。また、周りの人間も大反対してきますからなおさらですね(笑)
一方で、中小零細企業を辞めて起業することは全く怖くないと言えば嘘になりますが、銀行を辞める時の恐怖に比べれば全く大したことはありませんでした。むしろ「銀行辞めたんだから、もう俺には起業するしか道は残されていないんだwやったるわwうりゃーwww」くらいのノリでした。
ということで、私が実際に起業して初めてお金を稼ぐまでにかかった時間は、なんと10年です。
10年間ものあいだ副業で1円も稼げず「自分は何がしたいのか、何ができるのか、何が儲かるのか」と悶々と悩み自問自答していました。
そして「このビジネスが儲かるらしい!」という話を聞いては飛びついてみて、お金を稼げず諦める。ノウハウコレクターの繰り返しです。
それでも「何か事業がしたい!自分にも何かできるはずだ!」と、行先もゴールも分からないまま暗闇の中で手探りでもがき続け、ミスチルの歌詞にでも出てきそうな日々を10年間続けてきました。
そんな私ですが、10年間も遠回りと苦労をして、やっと30歳の時に起業しました。
30歳で立ち上げた原状回復工事会社は、裸一貫の状態から、お金もコネも経営経験もないところからのスタートでした。
最初の2年間、睡眠時間はだいたい3時間。這いつくばり、泥水を飲むような毎日を、365日休むことなく続けました。恋愛も結婚も二の次。時間の優先順位の一位は仕事。「仕事」に全振りして生きてきました。(もうあんなハードワークな生活はできませんw死にますw)
その結果、創業から一度も赤字を出すことなく、現在も継続黒字経営を続けています。
3期目には、初めての1棟RCを購入して大家デビュー。宅建業も取得して、賃貸仲介、売買仲介、管理、買取再販と、不動産に関わる事業を、自社で順番に立ち上げていきました。買取再販は独学と同業他社から教わりながら積み上げて、これまでに50件以上。赤字物件はゼロ、全件黒字で着地させています。
不動産プレイヤーとして必要な機能を、ひと通り自分の手で回してきた。これが私のベースになっています。
8期目にコロナの影響もあってリフォーム事業を譲渡し、一人社長+大家業でしばらく過ごしていました。
ところが、家にこもる生活が続くうちに、社会との繋がりが欲しいなと思うようになってきたんです。独身一人社長、一人大家。気楽ではあるけれど、このまま社会との接点を失っていくのも、ちょっと違うなと。
そうなると、自然と次の発想が湧いてきました。「どうせなら、自分の市場価値を試してみたいし、不動産会社の中に身を置いて学べる場があれば最高だな」と。
私の中には、ずっと一つのコンプレックスもありました。「自分は、不動産会社に勤めた経験がない」。同業他社に教わりながら、なんとか売買仲介を回してはきたけれど、「ここどうなってるんだろう」と悶々と感じるポイントがずっと残っていて、騙し騙しやっている感覚が抜けなかったんです。
① 社会との繋がりが欲しい
② 自分の市場価値を試したい
③ コンプレックスを解消したい
この3つが重なって、私は次の一歩を決めました。
38歳のとき、管理戸数約5万戸・社員600人規模の地場大手不動産会社とご縁を頂き、ジョインしました。
収益物件と事業用地に特化した売買仲介を行う部署です。部署の年間取引高は125億円。会社の中ではベテランの精鋭が集まる、花形部署として位置付けられていました。
地場のメガ地銀をはじめとした大手地銀7行と業務提携しており、各支店との売買取引の実務責任者として動きました。
ここでの3年間は、私にとってコンプレックスの答え合わせの時間でした。自社時代に「ここどうなってるんだろう」と悶々としていたポイントが、現場で一つずつ解消されていく。
仲介取引100件超、総取引額70億円超。
戸建、マンション、土地、事業用地、木造アパート、1棟RC。あらゆる物件を扱いました。
そしてもう一つ、面白い動き方をしていたのが、大手地銀からの出向者2名に対して、私が不動産売買の実務を指導する立場だったこと。
私自身がメガ地銀出身で、銀行員時代の同期や先輩が、今、支店長や課長クラスで現場にいる。この銀行ネットワークの中で、売主紹介や物件情報が自然に回ってくる構造の現場で動いてきました。
ここまで聞いて、こう思う方もいらっしゃるかもしれません。
確かにその通りです。歴戦のベテラン営業マンから見たら、私の3年なんて鼻クソレベルかもしれません。それは私自身、よく分かっています。
ただ、私の場合、その3年が「ゼロからの3年」ではありません。
銀行員として5年、融資の現場で揉まれた。
リフォーム会社の専門部署で1年9ヶ月、建築側の感覚を肌で覚えた。
自分の会社で12年、不動産プレイヤーとして必要な機能をひと通り回した。
この土台があった上で、大手の3年で「答え合わせ」をしてきた感覚なんです。
(自社12年と合算すると、売買仲介は130件超になります。)
そして何より、金融・建築・不動産プレイヤー・経営者、この4つの立場を全部、自分の手で経験してきた人間は、業界を見渡してもなかなかいません。
売買仲介専門のベテランは大勢います。でも、4つの視点を全部持っている人は、ほとんどいない。
だからこそ、皆さんが現場で「ここどうなってるんだろう」と疑問に思うポイントを、銀行の視点・建築の視点・プレイヤーの視点・経営者の視点、全部の角度から立体的にお伝えできると思っています。
正直、憧れられるようなかっこいい起業家人生ではありません。
私は不動産業に、完全に未経験から飛び込みました。宅建業を取得して、勉強会に通って、同業他社の方々から教わって、独学で積み上げて、ここまでたどり着きました。
その間、ずっと「騙し騙しやっている感覚」と闘ってきたんです。
だからこそ、今、こう感じている方の気持ちが、本当によく分かります。
● 完全に未経験で、これから収益物件の世界に踏み込みたい方
● やってみたいけど、自分にできるのか不安だと思っている方
● 実需仲介は得意だけど、収益物件には苦手意識がある方
● お客さんから収益の話が来ても、自信を持って任せてくださいと言えないと感じている方
● 収益物件の売買仲介をやっているけれど、騙し騙しやっている感覚が抜けない方
● 不動産会社で実務を学んだことがないから、本当にこれで合っているのか分からないという、過去の私と同じコンプレックスを抱えている方
どんな立場であっても、その不安の正体に、私は寄り添うことができます。なぜなら、私自身がその場所から這い上がってきたからです。
「収益物件の売買仲介実務ラボ」では、私が21年間、「金融」「建築」「不動産」「経営」の業界内で、試行錯誤しながら編み出し培ってきた収益物件の売買仲介の実務ノウハウを、お届けしていきます。
机上の空論ではなく、現場で泥臭く積み上げてきた実務をお伝えします。
「不動産会社に勤めた経験がない」「騙し騙しやっている」あのコンプレックスの中にいた当時の私が、喉から手が出るほど欲しかった知見の数々を、盛り込みます。
また、不動産会社の経営者の方の中には、グループ会社にリフォーム会社を持ちたいというニーズも多いと感じています。
不動産仲介で取引したお客様から、原状回復、空室対策リノベ、大規模修繕、バリューアップリフォーム。こうした工事を、グループ会社で受注できれば、1人のお客様から派生する売上が何倍にも広がります。
仲介で終わらない関係が作れる。これが、収益物件の売買仲介をやる方にとって、極めて大きな武器になります。
私自身、銀行員時代にこのビジネスモデルの可能性に気づき、リフォーム会社で1年9ヶ月修行した後、自分で原状回復工事の会社を立ち上げて、8年間経営してきました。(リフォーム部門のみを事業譲渡し、法人本体は現在12期目で継続中)
リフォーム会社をゼロから立ち上げて、軌道に乗せるこの一連の流れを、自分の体験としてお伝えできます。
売買仲介の実務に慣れてきた後の次のステップとして、ご要望があれば、リフォーム会社の立ち上げ方、職人さんの集め方、運営の仕方、収益化のポイント、こうした経営ノウハウもお伝えしていく予定です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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